もさ。
もさもさ。
もさもさもさもさもさ。

「…………」
「…………」

もさもさもさも。

「……なんだ」

もさもさと、配給されたレーションの残りを食べていたセフィロスは、
何やら同僚二人に違う生き物でも見るような目で見られていることに気付いて、
そっとその双眸をもたげた。

「…………」
「…………」

同僚二人、アンジールとジェネシスが茫然と顔を見合わせる。
たまたま任務帰りにお互いブリーフィングルームで落合い、雑談の合間のことである。
互いの任務についての土産話などを適当にしている中、ふと空腹を感じたものの、
この二人と雑談を交わすこの時間を終わらせたくないと思ったセフィロスは、
その場で空腹を解決することを選んだのだ。
ちょうど、任務返りで余ったレーションを持っていたもので。
それをその場でもさもさと食べ始めたところで――……、他二人から向けられる、
異様なイキモノを見るよーな視線に気づいたのである。

「…………」
「…………」

アンジールとジェネシスは、何やら二人目視線を交わしあっている。
そんな様子はまるでそれだけで意志の疎通を叶えているようで、
見ているセフィロスとしては少し面白くない。
なので、少しだけ拗ねたような声音で、もう一度繰り返す。

「……なんなんだ」

何故そんな目で見られなければいけないのかがわからない。
セフィロスのそんな問に、二人はお互いに押し付けあうような視線を交わした結果、
結局ジェネシスが口を開いた。

「……あんた、それ好きなのか?」
「……は?」
「それだそれ、レーション」
「…………」

好きか、と問われて思わずセフィロスは言葉に困って黙り込む。
好きか、嫌いか。

「問題はないと思う」
問題の有無は聞いてない。
というか問題があったらレーションとして配給されてたまるか!」
「……確かに」

即座にジェネシスに切り返されて、セフィロスは困ったように黙り込む。
何やらこの二人は、セフィロスがこの場でレーションを齧り始めたことに対して
問題提起をしているようなのだが、正直何が問題なのかがわからない。
そもそも、ジェネシス本人がいうように、問題などないはずなのだ。
もしかして。

「……お前たちも食うか?」

齧りかけのレーションを差し出してみる。
任務帰りの三人でいて、一人だけレーションを齧り始めてしまったのがまずかったのかもしれない。
が。

「誰がそんなもさもさしたものを食うか!」
「…………」

余計にジェネシスを怒らせてしまったような気がする。

「…………」

すっかり困ってしまって、セフィロスはうろりと視線をジェネシスからアンジールへと
さまよわせた。
何事も口火をきるのはジェネシスであることが多いが、
面倒くさがって言葉を省略するきらいのあるジェネシスと違い、
最後まで根気強く説明を試みるのはアンジールの役目である。
今回もアンジールはあー、だのうー、だの唸りながらも、
ジェネシスの放棄した説明部分を引き受けてくれたらしかった。

「あのな、セフィロス。
お前はどうかわからんが……、世間一般的にそのレーションは非常食的なものなんだ」
「それがどうかしたか?
非常食だからといって、非常時にしか食べてはいけないということはないだろう」
「確かにその通りなんだが……、非常食というのは基本的に長期の保存を見越して水分を抑え、 ひたすら栄養価を高めることに特化していてだな」
「……?」
「……アンジール」

つらつらと語りだしたアンジールを遮るように、ジェネシスがその名を呼んだ。
説明役をぶん投げたわりに、最終的におとなしく聞いていられなくなって邪魔をするのも、
なんともジェネシスらしい展開である。

「はっきり言うぞ」
「ああ」
「それはな、世間一般では好んで食われるようなものじゃない」
「…………」
「まずくはない。任務中なんかは一つで腹持ちもするし、栄養価も十分だし、
片手で食えるから重宝する」
「うむ」
「だが、感動するほど美味くはない」
「……そう、なのか?」
あんたの味覚は死んでるのか
「死んではいないと思う」

味覚は十分に機能している。
が、別段味にこだわるつもりがないだけだ。
どれだけまずかろうが、栄養素が十分であればセフィロスは特に気にすることなく食すことができる。
苦味やえぐみを多く含む食べ物は体に有害であることも多いので、
その点に関しては警戒することはたっても、食べられるものならば味など気にしたことはなかった。
腹に入り、それが己を動かす栄養となるのならば、それだけで十分だったのだ。

「まあまあジェネシス、お前だってわりと食事に関しては手抜きだったりするだろう」
「俺は手間を惜しんでいるだけだ。
セフィロスのように味覚が死んでるわけじゃない」
「だから俺の味覚は死んでいるわけでは」

ぼそぼそと反論するセフィロスだが、ジェネシスは聞く耳を持たない。

「おい、アンジール。
お前今部屋に何か食材はあるか?」
「……む。今か?
任務に出る前に冷蔵庫の中身は整理したからな……。
あまり良いものは入ってないと思うが」
「レーションよりマシなら何でもいい。
お前、この前肉屋でまとめ買いしてた肉塊は全部使い切ったのか?」
「ああ、あれならまだ冷凍で残っているぞ。
そうだな。ジェネシス、そういえばお前のところの冷蔵庫にニンニクとくず野菜が残ってなかったか?」
「ああ、そういえばあった気がする。
……ふむ」

ジェネシスが、少し考え込むように顎先を撫でる。

「任務明けの食事にしては若干華に欠ける気がするが……。
アンジール、肉丼にしよう」
「そうだな、あれなら大した手間もかからない」
「……にくどん?」
「むくつけき男の料理だ。
英雄殿の口にあうかどうかは知らないが、少なくともレーションよりはよっぽどマシだ」

きっぱりと言い切って、ジェネシスがそうと決まれば早速、とばかりに歩き出して
ブリーフィングルームを後にする。

「なあ、ジェネシス」
「なんだ」
「何故お前たちは、お互いの冷蔵庫の中身を把握しあってるんだ」
「それはだな、セフィロス。
こいつが手抜き飯ばっかり食っているから、俺が料理しにいったり」
「俺が何か手近でマシなものが食べたくなった際にこいつの部屋に押しかけているからだ」

きっぱり、とジェネシスが言い切る。
ジェネシスはジェネシスで、セフィロス相手に偉そうにしているものの、
あまりまっとうな食生活を送っているというわけではないらしい。
なんとなく美食家であるようなイメージがあるのは、外で食べる際には店にこだわっているから、 なのだろう。
本人曰く。
わざわざ外食するのならば、それなりの店を選ばなければ損した気になる、らしい。
腹が満ちればいい、という程度なら部屋で適当にそれこそ任務先で余ったレーションやら、
買い込んだクラッカーやらを齧りながら読書に励むでもよし。
普通程度に美味いものが食べたければ、アンジールの部屋に押しかければ良いと思っているのである。
そんな幼馴染の怠惰な食生活を救済すべく、どんどん自炊スキルの上がっていくアンジールだ。

「…………」

セフィロスは、そんな二人を眺めて。
ぽつり、とつぶやく。

「……ずるい」
「ん?」
「どうした、セフィロス」

肉丼だけでは物足りん、何か他にも一品作れだの、それなら他に何か食材はあったか、だの。
そんな会話をしつつ先行していた二人が、ふと振り返る。
振り返った二人をまっすぐに見つめて、セフィロスは繰り返した。

「お前たちだけ、二人で美味しそうなものを食べているなんてずるい」
「…………」
「…………」

セフィロスの言葉に、二人が顔を見合わせる。
果たして、それが普段やたらキラキラしい夜景を背景にレストランでフルコース接待を
受けている英雄のお言葉なのだろうか。
片やプロのシェフが腕をふるった豪華なフルコース。
片や男の手抜き料理代表、肉丼である。
それでずるいと言われてしまう意味がわからない。

「まあ、それならあんたもアンジールの部屋に押しかけるといい。
大体何かしらの食べ物は出てくるぞ」
「おいこらジェネシス、人の部屋を定食屋みたいに言うんじゃない」
「そうだな、お前は出張までしてくるしな」
「それはお前の食生活が放っておくと恐ろしいことになるからだっ!
部屋でもまともなものを食え!」
「嫌だ、面倒くさい」

ぎゃいぎゃい、と言い争いながらも、ジェネシスとアンジールは楽しそうだ。
そんな様子を眺めながら、セフィロスは思う。
もしかしたらこれまで自分が知らなかっただけで、
食事には単なる栄養摂取という以上の意味があるのかもしれない。
そして。
初めて食べる肉丼は。
ひたすら濃い味つけの肉とともにこれでもかとばかり白米をかっこむだけのシンプルな料理だったが。
これまで食べた何よりも、美味しかったような気がした。





「神羅の英雄と名高いセフィロスさんですが……。
普段はいったいどんなものを召し上がっているんでしょうか」
「最近は肉丼が好きだ」





そんな会話に、テレビの前でジェネシスが絶句し、
アンジールがもっとマシなものを食わせておけばよかったと心底後悔するのは、
それから三日後のこと。


END