迷子回廊





(ぐらり、)
(視界が揺れたと思った次の瞬間には)
(開けた白の世界)
(乳白色に埋まる世界は狭いようにも広いようにも)
(そのどちらにも見えるという不思議)


やあ、お嬢さん。
こんにちは。
君に会えたこの無上の喜びを表現するのに一番美しい言語とは何だろうな?


(大問題だ、と続く声音は、低く柔らかな)
(白の世界の中心に佇む長躯)
(胸元を深めに開いたワインレッドのシャツに黒のスラックス、)
(彫りの深い顔立ちに昏く澱んだ藍色の瞳)


さあ、お嬢さん。
俺とゲームをしようじゃないか。
いや君が嫌だと言ってももう遅いのだけどね。


(くつり、)
(楽しげに鳴る喉の音は低く)
(演技じみた所作で空に延ばされる男の手)
(歌うような声音)


名前を、落としてしまったんだ。
俺の本当の名前。
君がそれを見つけられたならば君の勝ち。
見つけられなかったならば――…俺の勝ち。
ぅン?
そんなゲームに何の意味があるんだ、って?
ゲームに意味を求めるなんて随分と生真面目なんだな君は。
ババ抜きでババを押しつけあう行為にすら君は意味を見出だすのか?
ああそれはまるで厄介ごとを押しつけあう人生の縮図のようだ――…と?
良いことを教えてあげようお嬢さん。
俺から君への最初の贈り物だ。
―――ゲームに意味などない。
そも意味のある行為に遊戯性がどこまで付加できるというのか。
意味が発生した時点でそれはもうゲームではないんだ。
さあ。
だから。
俺と君とでゲームをしようか。
なァに、意味のないほんの戯れ、だ。


(広げられた男の腕が、)
(禍々しく伸びる漆黒の両翼に見えたのは何の見間違いなのか)


君が俺の名前を見つけられたのならば――…君の勝ち。
俺は君のもの。
君が負けたのならば――…君はここから出られない。
――…楽しそうだろう?


(笑う、)
(楽しげに、喉を鳴らしてくつくつと)
(それはすなわち)
(゛互いの人生に意味がない゛のだと言い切るようなゲームの提案)
(断ったならば、)


君は迷い続けるだろうね。
そんなのフェアじゃない、って?
そりゃあそうだ。
俺は―――…立派ななんだからな?


(これはうッかりヒントを口走ってしまッた、と笑う男に)
(悔やむ色はなく)
(ただただに、楽しげに楽しげに)


良い旅を、