■お題:駆ける2


<彗依の場合>

ゆらァり。
黒衣の男ががくりと上身を前に倒す。
だらりと伸ばされた腕の先、黒く硬化した爪が地面に届きそうにも見える。
その状態で、くっとその頭だけが持ち上がった。
昏く澱んだ双眸がまっすぐに獲物を睨み据える。
そしてその次の瞬間、まるでそのまま前に倒れ込むかの勢いで――…、踏み込む。
獣めいた低い位置を駆け抜け、哀れな獲物の眼前、伸び上がるように初めてその上身が持ち上がる。

「ぁ――」

大きく開かれたあぎと。
爪で裂くよりも、その牙で咬み裂くことを好むのは攻撃と捕食とが同時に実行可能だからだろうか。
もはや呆然と立ち尽くすしかない被害者の腰裏に鋭い爪と化した腕をまわし、その身を折るようきつく抱きしめながら、その喉笛に喰らいつく。
びくんと撥ねる身を、あやすよう宥めるよう抱きしめて。
弾ける甘露のあじわいに、獣はただただ満足そうに喉を鳴らす。





<菅生ほむらの場合>

ぜぇぜぇと喉を鳴らして走る。
すでに重く怠い手足をなんとか振り子のよう交互に動かしては走る。
のたのたと、きっと周囲から見たらば滑稽極まりない有様であるだろうけれど。
それでも、走る。

「ああ――……、こういうのは向いてない」

荒く弾む息の下、掠れた声でぼやいて官能作家は空を仰ぐ。





<ちびの場合>

鮮やかな橙の双眸煌めかせて、少年が走る。
楽しげに弾むような足取りで、少年は大地を踏みしめ空の下を駆け抜ける。
たんッとそのまま軽やかに踏み切って――…、くるんと虚空にてその身体が宙返りをヒトツしたと思った次の瞬間、ぽてんと着地するのは四足の小さな獣。
全長20センチ程度の小さな獅子は、鬣を靡かせまぅまぅと緑の絨毯踏みしめて駆ける。
その足元、次第に生じるのは紅蓮の渦。
熱を持たない幻影めいた焔を足場に、そのまま一息に仔獅子は空に舞い。
てってけてーと紅蓮の架け橋を駆け抜る。